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すでにお読みの方の多いでしょう。私も筆者と同年代で、同じ時期に東京に出てきているため、本書の時代背景や、東京タワーに対する一種独特の感慨、ちょっとしたエピソードなど、説明されずとも、肌感覚で共感することが多く、かなりのペースで読みました。
そういう事情でしょうか、泣けるという評判だったのですが、私にはリアル過ぎて、泣けるというより、自分にもやがて来るであろうできごとのように感じられて、450ページ近い長編ですが、最後まで集中して読み続けました。
私の両親は、主人公のご両親のように、小説になるようなワイルドな人生を送ってはいませんが、それでもこの時代の、世代のギャップというのでしょうか、東京に対する思いというのが、“一緒だ” と何度感じたことでしょう。
一番わかりやすい表現は、たとえば
『口と金では伝わらない大きなものがある。時間と手足でしか伝えられない大切なことがある。オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ』
少し哲学的に
『搾取する側とされる側、気味の悪い勝ち負けが明確に色分けされた場所で、自分の個性や判断力を埋没させている姿に貧しさは漂うのである。必要以上になろうとして、必要以下に映ってしまう、そこにある東京の多くの姿が貧しく悲しいのである。』
とか、文学的に
『“人間の目的は、生まれた本人が、本人自身につくったものでなければならない”。明治の文豪はそう言った。でも、こんな時代の若い奴らに、自分自身の心の奥から、熱く滾り魂の蛇口からつくりだされる目的なんかありはしない。たとえそれを「夢」という言葉に置き換えて、口にする奴がいたにしても、その「夢」の作り方は、そのへんのテレビや雑誌のページにとりあえず、自分のくだらなさを貼り付けただけ。』
ユーモラスなエピソード、泣かせるできごとがたくさんあるのですが、それにあわせて前後に挿入される、こうした表現は何度も読み返し、うなずきました。
そして、悲しい現実に向き合ったとき
『そして、ボクにはこの街全体、この東京の風景すべてが巨大な霊園に見えた。』と述べます。
自由に憧れ、それを求めてやってきた東京。そこで歳を重ねて、その恐ろしいほどの不自由に気付き、おびえるも、帰るふるさともない。オトンとオカンとの親子のきずなもさることながら、これからも生きていかねばならないこの巨大な霊園を見下ろしている場面に心打たれました。
http://tokkun.net/jump.htm
『 東京タワー 』リリー・フランキー
扶桑社:450P:1575円
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