
本書の著者、井上章一氏の『美人論
』 が大変おもしろい一冊でしたが、本書も日本の歴史や宗教、そして社会全体を考える上でいろいろな興味深い視点を示してくれる本でした。
私にもクリスチャンの知り合いが何人もいますが、どちらかといえばまじめな人が多いように感じますが、偏見でしょうか(笑)。少なくとも筆者と同じ感想で、色と欲におぼれる俗物的なキリスト教信者のイメージは日本ではないように思います。
受験においてもいわゆるミッション系と呼ばれる学校の人気は、仏教系を圧倒していますし、坊主が境内でクリスマスパーティーをすることはあっても、教会で彼岸やお盆の催しはないでしょう。また仏教徒が教会で結婚式を挙げるのは珍しくありませんが、その逆は聞いたことがありません。
これほど現代においては人気の高いキリスト教、またはその行事ですが、それでも日本での信者はわずか1%ほどで、お隣の韓国は30%以上だそうです。
いったい日本においてキリスト教がどのように受け入れられてきたのか、珍説や俗説がどういう背景で生まれ、どのように広まったのか、またその俗説は本当に研究するに値しない、的外れなものなのかなどをさぐっていきます。
明治憲法下でも一応信教の自由
は保障されていましたが、その約20年前に岩倉具視
が米国などに不平等条約の改定を交渉するために、渡航した折、相手に言われたのが、キリスト教を信じない未開の民とは同列には扱えないということらしいですね。
ところが日本側にしてみると、聖書にはたくさん奇跡の話が出てきて、とても信じられない。今でいうカルトと見なしているわけです。オウムの空中浮揚を信じられないように、当時の人はキリストが生き返ったなどの話を受け入れられないわけです。
それでも、確かに文明が発達しているのを目にした日本人の驚きはいかばかりでしょう。西洋へのあこがれが強い人々にキリスト教がどう映ったのか、記録などから検証しています。
それ以前、かなり長い期間に渡って、キリスト教と仏教は同じものであると見なす考え方がありましたが、それは似ている点があるからなのですが、想像がつきますか。インドに対する見方も興味深いですね。聖徳太子
はキリストと同じように馬小屋で生まれたと言われますね。そのあたりを考察しています。
目次を紹介しておきます。
| 第1章 幻想のネストリアン(アダムと空海;世界のなかの高野山 ほか) 第2章 異端の魔術(天草騒動と由比正雪;謀叛人、あるいは売国奴 ほか) 第3章 仏教と神道と(江戸のアレクサンダー・ロマン;仏教異端説 ほか) 第4章 ユーラシアのなかで(日本人とユダヤ人;フランス・ルネッサンスの大奇人 ほか) |
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それにしてもさまざまな珍説奇説があったのだとはじめて知りました。明治初期、キリスト教が、ヤソ教と呼ばれて白眼視されていた頃の様子は、三浦綾子の『塩狩峠
』 に印象深く、感動的に描かれていますね。本書は明治までで終わっています。
それ以降、冒頭で述べたような、現代の状況にいたる過程は別の機会に書きたいと筆者は述べています。ぜひ続編を読みたいと思っています。
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『キリスト教と日本人』 井上章一
講談社:224P:714円
