
“人間は、なぜ物語を必要とするのか?” と帯に書かれています。私は今でも小説を読む割合は10冊に1冊くらいでしょうか。つまり、好きではあっても、あまり読む方ではないのです。
自分にとっての良書というものは、きっといつ読んでも価値が失われることはないのでしょうが、“小説” は特に、“いつでも読める” という気になってしまうので、ついつい後回しにしている気がします。高校生くらいまでは、なぜみんな小説に夢中になれるのか本当に不思議でした。
みなさんはどう思われます。いったい人はどうして物語を必要とするのでしょうか。
以前、ある英文にそのことについて書かれていました。およそ人の集まりであれば、物語を作らない社会はない、小さな部族であれ、近代社会であれ、すべて物語を作っている。
人に何かを伝えたい時に、物語にせずに伝えたとしても、それは水蒸気のように蒸発してしまう曖昧なもので、相手の心に残らない。ストーリーには人に訴えかける力があるからだと書いてありました。そして昔から、偉大なリーダーたちはストーリーの力をよく知っていて、みなそれを利用したのだと。
なるほど、そう言えば、聖書だって物語かもしれないですね。また、“愛がすべてだよ(笑)” と直接言うより、スリリングで感動的な愛情物語の方が心に残るに決まっています。その時はなるほどと思ったのですが、本書ではもっと根源的なことに言及しています。
どんな人でも、物語を心の中で作っていて、それがあるからこそ生きていけるのだというのです。特に受け入れ困難なことに接した時、その現実を誰でも自分の心に合うように転換しながら生きているのだと。
例えば、最愛の子が交通事故で死んでしまった人がいる、実際には飲酒運転をしたドライバーに100%責任があっても、親はおつかいに出した “私のせいで死んだのだ” とか “今は星になって見守ってくれている” そして “残された私の使命は○○をすることだ” というような考えはすべてストーリーを作っているというわけです。
誰でも物語を持っているので、普通の人と小説家の違いは、それを文字に残して表現しているかどうかに過ぎないということになります。「みんな知っていることだけど、言えないことを発見している」 だけだと。そして、ホロコースト文学や日航機の墜落事故のときの遺族のエピソードなどから、人々が作り出している物語を紹介します。
ポールオースターの 『ナショナルストーリープロジェクト』 は、拙ブログでも紹介しましたが、本書でもそれを題材にそのあたりのことを説明してくれます。ありとあらゆる困難や逆に楽しいできごとを、みな心で、ある形にして残している。
つまり、小説のストーリーはすでに人の心にあって、それを逃さないようにキャッチするのが小説家だというのです。
そういう意味では、小説家はみんなの後を追いかける役割であって、自分がぐいぐい引っ張る小説などおもしろくないと言い切ります。想像力や空想力もある程度必要だが、むしろ現実に対する観察力や注意力が決定的に重要になってきます。
小川氏の『博士の愛した数式』 は心に残る名作でしたが、それを例にキャラクターである博士や家政婦さんやルート君が、作者の小川氏より先を行っていて、物語を作っていく様子が感じられると思います。小説の作り方を非常に興味深いたとえで示してくれます。
目次は
第1部 物語の役割(藤原正彦先生との出会い;『博士の愛した数式』が生まれるまで;誰もが物語を作り出している ほか)
第2部 物語が生まれる現場(私が学生だったころ;言葉は常に遅れてやってくる;テーマは最初から存在していない ほか)
第3部 物語と私(最初の読書の感触;物語が自分を救ってくれた;『ファーブル昆虫記』―世界を形作る大きな流れを知る ほか)
もちろん小説家によって考え方も、作り方も違うでしょうが、本書は実におもしろかったです。小説家の心が手に取るように分かりますし、人に対して、人生に対してどこまでも謙虚な姿勢が印象的です。
もっと小説を読もう、という気にさせてくれました。講演の内容をもとに書かれている本ですから、一般の人がその場で聞いて理解できるような分かりやすい言葉遣いです。
多くの人が読んで欲しい一冊です。
P.S. 本書は、大変な読書家で、受験生の母でもある相互リンクの bucky さんに教えてもらいました。ありがとうございました。
buckyさん、絶対一緒に 【中学入試サクセスストーリー】 作りましょうね!
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『物語の役割』 小川洋子
筑摩書房:126P:714円



著者のファンとして、とても興味深く読みました。